大正十二年創業
蕎麦処 三鷹砂場
~砂場とは~ 
             

  読み方は「すなば」です
              
  なぜ砂場?と聞かれることも多いのですが・・
  さかのぼる事430年以上昔 天正11年(1583年)豊臣秀吉が
  大阪城築城の際に砂利や砂の置き場が現大阪市西区新町
  にありました。
    

     築城の工事にはたくさんの働く人達がいたことでしょう
    当然の事ながら飯屋もたくさん出来たと思います。
       翌、1584年には麺類店が2店登場します(和泉屋・津の国屋)
    この砂置き場は「砂場」と呼ばれており
    おそらく当時の方々は「お~い、今日は砂場でそば食おうぜ!」
    なんて言っていたのでしょうね
    その後、「和泉屋」は「砂場」と呼ばれるようになり屋号となりました。

     大阪城築城後、周辺は城下町として大変栄え1627年には
  「新町遊郭」が出来、さらに発展します。
     前の2店舗もさらに大型化し繁盛店となります


    
                                                 (摂津名所図絵1798年発行)
     
   砂場の説明として
     「砂場
      新町西口南の町の地名なり
      ここに麺類を商ふ家あり
      難波の名物とて遠近ここに来集する事 日々数百に及べり。
      ひさしにカキ殻をしきて火災を除く用とす。
      南の方を和泉屋といふて初めは
      和泉国熊取郷御門村の産。
      その類族かの地にありとなむ。中氏といふ。
      すべて屋号といふはむかしは戸主の二字なり
      今略して屋の字を射ゆ。
      和州法隆寺の鐘の銘に戸主の字見えたり
      またこの家の先主のに風騒あり。」

   昔の説明でわかりにくいですが・・・
      「新町で、すっごい繁盛してる蕎麦屋があるよ
      熊取の御門村の中さんがやってるらしいよ!」
      と思っていただければ

      (中氏については後述させていただきます。)
         
                              つづく



   

       
 

     
 





 






Copyright(C) 砂場本店. All right reserved.